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私の居場所

 「私の居場所はどこか。」私が幼い頃には、この問いには余り興味がありませんでしたが、最近は、事あるごとに自分に問いかけています。

 私の学生時代は、人からいじめられたりしたことがなく、比較的恵まれた環境で育ちました。今思うと、学生時代にいじめで不登校になった人は、さぞかし苦しい時を送っておられて、自分の居場所を自分の家以外に見いだせずにおられるのだろうという気がします。

芝桜

 私は、学生時代にぬくぬくと生活していたつけが、社会人になってから回ってきたのだと思います。鳥取大学を卒業して、勤めた仕事は、初めの頃は居心地が良くて、自分の居場所の様に感じてしまいましたが、次第に対人関係がうまくいかなくなっていくうちに統合失調症になってしまい、自分の場所など、何処にも見いだせなく成っていきました。私が、28歳の頃でした。

 初めの会社を辞めてからは、病院への入退院が続き、退院しては、派遣社員として勤務していました。はっきり言って、派遣社員では、仕事が自分の居場所だとは到底思えないと感じました。この時期は、とても辛い時期でした。

ダックスフント

 転機が訪れたのは、私が、40歳の頃で、いままでで最後に病院を退院して、某B型作業所に行き始めてからでした。この作業所で、今まで自分が見失っていた仕事の在り方を取り戻して頂きました。ここは、自分の居場所の様に感じました。

 この作業所で自信を付けて、42歳の頃に、工場内への弁当の配送の仕事を始めました。入社3年目に、ある弁当の配達先の会社の社長に、「君は挨拶もするし、仕事もきちんとするし、申し分のない人なので、是非ともうちの会社で働いてください。貴方が、病気であることは問題ではありません。私の胸に飛び込んできなさい。」と言ってもらい、現在の仕事に病気をオープンにしてつく事になりました。私が45歳の頃でした。

 現在の仕事をしていて、失敗して怒られることもありますが、十分に自分の居場所だと思えています。

笠戸島夕日

 今、通院しているC病院で、「心の調律香フェ」のビラが目に留まり、参加してみました。すると、自分と同じ様な問題を抱えている人たちと意見交換が出来て、こちらも自分の居場所の様に感じる事が出来ました。私が、49歳の頃でした。

 これからは、ピアカウンセリング男塾で、病気の当事者同士で話をして、自分の居場所の様に感じて貰える様に頑張ろうと思っているところです。

 「令和8年9月18日(水)更新」