私は、高校の現役の時に、大学受験に失敗して、浪人する事になりました。
予備校は北九州市内にある学校にいき、寮に入って生活しました。浪人時代は、とにかく勉強しました。
しかし、センター試験で失敗して、志望校の山口大学を受験するのは諦め、鳥取大学を受験する事にしました。その前に、福岡大学工学部に合格し、私は、福岡市で生活してみたいと考えていたので、福岡大学にいきたいと思いました。そこで、鳥取大学をわざと落ちようかとも考えましたが、1年間勉強してきたことを思い出し、必死になって鳥取大学を受験しました。その結果、鳥取大学を合格しました。
一応、両親と相談しましたが、国立大学であるという点と、学費が安いという点から、鳥取大学に行くことにしました。
鳥取大学に入学して、すぐに、フォークソングクラブに入部しました。最初のうちは、色々な人のコピーをしていましたが、2年生の頃から、自分で作詞・作曲して曲を作る様になりました。大学時代に、15曲ほど作りました。
大学生活は、初めは自炊していましたが、大学の学食が安くて美味しかったので、学食を食べることが多かったです。
鳥取県は、とにかく温泉の多い県だったので、温泉好きな人には魅力的な県だと思いました。私もよく、吉岡温泉や三朝温泉や浜村温泉などに行きました。
また、鳥取市は、鳥取県の一番東にあり、関西に近いので、車の免許を取得した後は、クラブの仲間と神戸や大阪によく遊びに行きました。
アルバイトは、色々しました。最初は、うどん屋の店員をし、後に、中華料理店の配達の仕事をしました。配達は、クラブや雀荘などが多かったです。
学業の方は、専攻が土木工学科だったので、土や水やコンクリートに関する勉強が多かったです。はっきり言って、余り勉強しなかったので、1年ほど留年してしまいました。
卒論のテーマは「粘性土地盤の圧密沈下」でした。
5回生になって、就職活動をしましたが、当時はまだ、就職状況が良かったので、すんなりと、建設会社に内定を頂きました。
とりあえず、大学を卒業できたので、ほっとしました。
色々な事がありましたが、大学生活をおくれて、本当に幸せに思います。
大学まで行かせて頂いて、両親には本当に感謝しています。
「令和8年9月19日(木)更新」
